大判例

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札幌地方裁判所小樽支部 平成11年(わ)29号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ禁錮八月に処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人両名は、いずれも北海道虻田郡《番地省略》所在のホテル「J・ファーストA野」地下一階に事務所を置くA野プロスノーボードサービス(代表者C)の従業員として勤務し、冬期間における雪上散策(スノーシューイング)の企画、参加者の募集及びガイド等の業務に従事していた者であるが、平成一〇年一月二八日実施の有料スノーシューイング・ツアーに応募したD子(当時二四歳)及びE子(当時二四歳)をガイドとして引率する業務に共同して従事するに当たり、当時ニセコアンヌプリ山付近においては大量の降雪及び積雪量の増加が続き、同日朝より札幌管区気象台から大雪・雪崩注意報も発令されていたのであるから、引率者である被告人両名としては、雪崩発生の危険がある区域への立ち入りを避けることはもちろん、発生した雪崩の通過地域となるような樹木の疎らな沢筋等を避けて、雪崩による遭難事故のおそれのない樹木の密生した小高い林等を行程として選定するなど、共同して雪崩による遭難事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、ニセコアンヌプリ山の南東側に位置する扇状の急斜面で、過去にもその付近で発生した雪崩による遭難事故があり、地元自治体等で組織するニセコスキー場安全利用対策連絡協議会が雪崩危険区域に指定し、その旨をチラシ等により広く周知させていた通称「春の滝」の方面を、被告人両名が共に目的地に選定した上、同日午前一一時四五分ころ、「春の滝」の下部の沢筋に当たり、樹木がほとんどない同町字山田一九六番地二先倶知安営林署一林班は小班内の標高約四一一メートル地点に、右D子及びE子を、被告人両名が共に引率して休憩させた過失により、同日午前一一時五〇分ころ、折から、「春の滝」の標高約八一六メートル付近から発生し流下して来た面発生乾雪表層雪崩に、休憩中の右D子及びE子を巻き込ませて雪中に埋没させ、よって、そのころ、右休憩地点付近において、右D子に対し、入院加療六日間を要する全身打撲、偶発性低体温症の傷害を負わせるとともに、同日午後八時二分ころ、札幌市中央区南一条西一六丁目二九一番地所在の札幌医科大学医学部附属病院において、右E子を、右雪崩事故に起因する急性心不全により死亡するに至らしめた。

(証拠)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、1 雪崩は自然現象であり、その発生メカニズム等についても未だ学問的解明が尽くされておらず、当時の具体的状況下で被告人両名が本件雪崩の発生を予見することは不可能であった、仮に、抽象的に辛うじて予見し得たとしても、本件雪崩の規模は当時予想することができない程に大規模で、これが被告人両名が被害者らと共に居た場所まで到達することは当時全く予見することができず、被告人両名において、本件結果の発生を予見することは不可能であった、したがって、被告人両名には過失の前提となるべき結果予見可能性がなく、過失が認められない、2 仮に、過失が認められるとしても、本件は、雪崩という突発的自然現象がゆえの事故であり、被告人両名の過失と結果との間に相当因果関係はない、したがって、被告人両名は無罪である旨主張し、被告人両名も、捜査段階及び公判において、右1の主張に沿う弁解をしているので、以下検討する。

二  関係証拠によれば以下の事実が認められる。

1  本件遭難事故及び右事故に至る概括的状況

(一) 被告人Aは、高校時代に登山を始め、社会人となった後も登山を続け、夏冬を問わず二十数年の登山経験があり、平成二年ころから長野県山岳協会加盟の山岳会に所属し、平成六年から七年ころにかけて同協会の理事を務め、平成七年ころから年二回程度同県内で雪崩事故防止講習会の講師を務めるなどし、その間、平成五年ころから登山用品店のアドバイザーや個人で北アルプス等の山岳ガイドをするなど登山関係の仕事に就き、平成六、七年ころから、冬期間は前判示のA野プロスノーボードサービス(以下「A野」という。)の従業員として、スノーシューイング等のガイド等の仕事に従事していた。

被告人Bは、東京都内の高校、専門学校を経て、平成二年、三年に冬期A野で稼動し、そのころから本格的にスノーボードを始め、冬山登山もするようになった。平成四年からは倶知安町に定住し、冬期間はペンション等でアルバイトをし、平成八年ころから冬期間はA野でスノーシューイング等のガイド等として稼動していた。

(二) A野は、本件事故当時はCが経営する個人企業(その後有限会社B山の一部門となっている。)で、平成五年ころから判示のホテル地下一階に事務所を設けて、スノーボードスクールやスノーシューイング等のツアーの開催等の活動をし、本件事故当時従業員はスノーポードのインストラクター四名とガイド四名の計八人体制で、被告人両名はガイドの仕事を担当していた。

ガイドの仕事の内容は、スノーシューイング・ツアーのガイドやスキーヤー・スノーボーダーらをイワオヌプリ、ワイス、羊蹄山等に案内するツアーのガイド等で、これらのツアーでは、ゲレンデの外に出るので、ツアー客の安全確保のため必ず複数のガイドが付くことにし、スノーシューイング・ツアーの場合、ガイドを二人付けて、ツアー客の数はガイドの目が行き届く五名までと決めていた。ガイドの給料は、ツアー客の支払う参加料のうち山岳保険料を除いた売り上げの六割を同行したガイドの数で頭割りして分配を受けるという歩合制であった。ガイドには法的な規制や資格はない。

(三) スノーシューイングは、スノーシューと呼ばれる洋式のかんじきを履いて雪上を散策するもので、A野では平成八年冬から営業に加え、本件事故当時は、半月湖周辺とチセヌプリ周辺を目的地としていた。

A野のガイド四名とCは、平成一〇年一月二一日、二二日には半月湖周辺を、同月二八日、二九日にはチセヌプリ周辺をそれぞれ目的地とするスノーシューイング・ツアーを企画し、そのチラシをペンションや商店に貼ってもらうなどして参加者を募っていた。そのチラシには、「雪上ハイキング」「妖精の住む巨木の森へ紅茶とお菓子を持って探検に出かけよう」「当日はスキーウェアー、グロトブ、帽子、サングラスを用意してください」「一人でもお気軽に参加してください」「年齢性別どなたでも」などと記載されていた。

(四) E子は、本件事故当時、倶知安町内のペンションでアルバイトをしながらインストラクターを目指してスノーボードの練習をするという生活をし、また、D子も、本件事故当時、倶知安町内のホテルでアルバイトをしながらスノーボードの練習をしていた。両名は、平成九年一月ころスノーボード仲間として知り合い、友人関係にあった。E子は同年一二月一七日に被告人Bらがガイドを担当したA野企画開催の半月湖周辺のスノーシューイングの無料体験ツアーに参加したことがあった。E子とD子は、スキー場のゲレンデ外でスノーボードをするなどのいわゆるバックカントリーの経験がなかったが、その手始めのつもりで平成一〇年一月二八日A野が企画開催する前記のスノーシューイング・ツアーに参加することとし、右同日の午前一〇時少し前ころA野事務所に赴き、申込手続をし、保険料を含む参加料三〇〇〇円をそれぞれ支払った。

A野では、スノーシューイング・ツアーに限らず、バックカントリー・ツアーはゲレンデを離れて雪山に入るため雪崩、転落、転倒事故などの可能性があるので参加者に必ず山岳保険に入ってもらうこととしていた。

(五) 被告人両名は、同日朝、ニセコ国際ひらふスキー場(以下「ひらふスキー場」という。)のゲレンデ内あるいはその外でスノーボードで滑走したり、プレッシャーテストをするなどした後、前記ツアーのガイドをするため午前一〇時ころA野の事務所に赴いた。

被告人両名は、E子とD子に、予定のチセヌプリは天候が悪いことから、半月湖周辺への変更を提案したが、E子が前記のとおり半月湖周辺への無料体験ツアーに参加したことがあり、それ以外の場所を希望したため、被告人両名は相談の上、A野の当時の企画にはなかった通称「春の滝」の方面を目的地に選定し(なお、被告人両名は、「尾根裏」へ行こうとした旨弁解しているが、その「尾根裏」が「春の滝」そのものに当たるかはともかく、「春の滝」の方面に当たることは証拠上明らかである。)、その旨E子らに告げた。しかし、具体的なルートや雪崩についての説明等はしなかった。

通称で「春の滝」と呼ばれ、地元山岳関係者やスキー場関係者等から雪崩危険区域と認識されているところは、その範囲に広狭があり必ずしも正確に一致していないものの、ニセコアンヌプリ山の南東側斜面に位置する扇状の急斜面を指し、春になると雪解け水で滝が出来ることからそのように通称されている。

(六) 同日午前一〇時三〇分ころ、被告人両名はE子らを率いてA野事務所を出発したが、雪崩事故に遭った際の救助用具である雪崩ビーコンやゾンデ棒は携行しなかった。D子は、「春の滝」付近が雪崩の危険区域であることはチラシ等で知っていたが、ガイドが付くことで不安を抱かなかった。被告人両名はガイドとして対等の立場で、報酬も同等であった。ひらふスキー場アルペンコースD線リフト降り場付近まで徒歩で行き、そこでスノーシューを着用し、その後林の中を散策しながら「春の滝」方面へ向かい、同日午前一一時四五分ころ、「春の滝」の崖地を含む急斜面を眼前に望む虻田郡倶知安町字山田一九六番地二先倶知安営林署一林班は小班内の判示の休憩地点(以下「本件休憩地点」という。)に至った。被告人両名は、相談の上、同所で休憩し、折り返すことと決め、スノーシューを脱ぎその上に座り、E子もスノーシューを脱ぎその上に座り、D子は右足のスノーシューのみ外し左足のスノーシューは着けたまま雪の上に座った。

(七) 右四名はその状態で被告人らが持参した飲み物を飲んで休憩していたが、五分程経過した同日午前一一時五〇分ころ、右休憩地点から水平距離約七三五メートル、直線距離約八三九メートル、標高差約四〇五メートルの地点で破断面の幅が約二〇〇メートルにわたる雪崩が発生した。「春の滝」の急斜面の方向を仰ぎ見ていた被告人両名は、崖地の右上方の急斜面で発生したこの雪崩に気が付いて、直ちにE子らに早く逃げるよう叫び、四人とも沢の下方へ逃げたが、間に合わず、休憩地点から数メートルのところで全員が流下してきた雪崩に巻き込まれて雪中に埋没した。四人を巻き込んだ雪崩の最終到達地点(デブリの末端)は、本件休憩地点から水平距離約六五メートル、直線距離約六六メートル、標高差約一二メートルであった。

(八) その後、被告人Bが自力で雪中から脱出し、駆けつけた救助関係者により他の三名が雪中から順次発見救助されたが、判示のとおりE子は死亡し、D子は入院加療六日間を要する傷害を負った。

2(一)  雪崩は、発生形態、滑り面の位置、雪の状態などにより様々に分類される。

発生形態では、一点からくさび状に動き出すという形態の点発生雪崩と、かなり広い面積にわたりいっせいに動き出すという形態の面発生雪崩に分類され、前者は単に多量の降雪があっただけでも発生するが一般に小規模で、後者は必ず弱層が介在し、その弱層に沿っていっせいに雪崩が起きることから一般に大規模になりやすい。

滑り面の位置で分類すると、滑り面が積雪内部である表層雪崩と、滑り面が地面である全層雪崩に分類され、表層雪崩は厳寒期の一二月から二月ころに、全層雪崩は春先にそれぞれ発生しやすく、表層雪崩は、一般的に全層雪崩より速度が速く、到達距離も長くなる傾向があり、非常に危険で、雪崩事故のほとんどは表層雪崩によるものといわれている。

さらに、雪の状態により、零度以下の乾いた状態の雪による乾雪雪崩と零度以上の湿った状態の雪による湿雪雪崩に分類され、乾雪雪崩は厳寒期に表層乾雪雪崩として発生することが多く、湿雪雪崩に比べ速度や距離が出やすい傾向がある。

(二)  札幌管区気象台の雪崩注意報は、後志支庁管内の場合、二四時間降雪の深さが三〇センチメートル以上、若しくは、積雪の深さ五〇センチメートル以上で日平均気温五度以上が予想される場合に発令される。

斜面の積雪の安定度は弱層のせん断強度指数(弱層が耐え得る力の限界)、斜面の角度、弱層の上に積もっている積雪荷重の三要素の相関関係により決まり、斜面の角度と積雪荷重が大きいほど、また、弱層のせん断強度が小さいほど不安定となり、雪崩発生の危険性が大きくなるとされており、過去の雪崩の発生例からすると、雪崩が発生するのは勾配が三〇度から四〇度くらいの急斜面で、新たな積雪が三〇センチメートル以上あったような場合が多いといわれている。

(三)  周囲より窪んでいる沢状の地形には雪崩が集まりやすく、樹木の疎らな沢筋等は雪崩の通過地域となっていることが推認され雪崩に巻き込まれる危険性があり、逆に、樹木の密生した小高い林の中や尾根状の地形はその危険性が少ないとされ、これらのことは市販の冬山の文献等でも一般的に記載されている事柄である。また、発生した雪崩がどこまで到達するかという点については、多数の雪崩の実例を基に、そのデブリの末端から破断面への仰角(見通し角)を計った経験の積み重ねを法則化した「高橋の一八度法則」といわれるものがあり、市販の文献等にも紹介されている。右「法則」によれば、表層雪崩発生地点への仰角が一八度以上の場所ではその雪崩に巻き込まれる可能性が高いとされている。

3(一)  前記「春の滝」は、本件休憩地点から見て、そのほぼ正面は一部岩肌が露出する崖でその余も急斜面となっており、これらの崖地を含む急斜面が本件休憩地点の沢筋の奥の一点に向けて落ち込んでいるという地形で、急斜面やその落ち込んでいる沢の奥から本件休憩地点にかけては樹木は疎らで、本件雪崩の発生地点(破断面)付近の雪面上の斜度は約三八度である。

(二)  本件事故発生の翌日に北海道大学低温科学研究所の大学院生を含む雪崩研究の関係者が本件雪崩発生地点である破断面の付近を調査したところ、雪面から深さ約一メートルの位置に「こしもざらめ雪」と呼ばれる雪崩の滑り面となる弱層があった。

また、事故現場から約八キロメートル離れた札幌管区気象台倶知安測候所の観測では、平成一〇年一月二四日午後一〇時一〇分ころから同月二八日午前九時までの間、途中短時間止むことがあったが、強弱はあるものの降雪が続き、その間の降雪量は合計一一一センチメートル(うち、同月二七日午後九時から二八日午前九時までの一二時間で二六センチメートル)に達し、積雪量は、同月二四日午後九時から同月二八日午前九時の間に四四センチメートルの増加があった。そして、本件事故現場を含む羊蹄山麓には、同月二八日午前六時三〇分に札幌管区気象台から大雪・雪崩注意報が発令されていた。

(三)  本件雪崩は、最も危険であるとされる面発生乾雪表層雪崩、すなわち、乾いた雪の積もった斜面がかなり広い範囲にわたりいっせいに動き出し、滑り面が積雪内部にある雪崩であった。

本件休憩地点は、前記(一)のような状況の崖地を含む「春の滝」の急斜面の下部に発する沢の沢筋で、樹木がほとんど生えておらず、正面に岩肌が露出した崖地を含む急斜面を望み、本件雪崩の破断面を生じた箇所への仰角は約二八度である。

(四)  「春の滝」で平成二年一月一五日に雪崩事故が発生し、その隣りの通称水野の沢(「ユキの沢」とも呼ばれる。)でも同時期に雪崩による死亡遭難事故が発生し、地元自治体やスキー場関係者等を会員としニセコスキー場における事故防止等を目的として昭和五九年に発足していたニセコスキー場安全利用対策連絡協議会(以下「連絡協議会」という。)は、これを機会に啓蒙活動の周知徹底を図るためチラシの作成配布等を実行したが、その際、「春の滝」も雪崩危険区域として指定され、以後毎年チラシが作成印刷され、倶知安町、ニセコ町、蘭越町の宿泊施設やスキー場関係施設等に配布され周知されていた。本件休憩地点は、そのチラシで危険区域として表示された範囲に入っている。

4  被告人Aは、前記のとおりの登山経験を有し長野県内で雪崩事故防止講習会の講師を務めるなどし、被告人Bにおいても、雪崩のミーティングに出席したり雪崩に関する文献を読むなどして、被告人両名は、雪崩についての知識を有し、前記2(三)のような知識もあった。被告人Bが平成一〇年一月一〇日ころ、CらA野関係者とスノーボードに赴き「春の滝」上部でいわゆるピット・チェックやプレッシャーテストと呼ばれる弱層の有無や強度を調べる作業を行い、その際に誘発雪崩が発生したことがあり、そのことは被告人Aも関係者から聞いて知っていた。同月二〇日ころ、被告人両名を含むA野関係者が、「春の滝」上部において再びピット・チェックを行い、その際に新たな弱層を発見したこともあった。被告人両名は、これまで「春の滝」付近で何度もスノーボードをするなどしてその地形は知悉し、前記3(四)のチラシの内容も知っていた。また、本件事故前の数日間かなり多量の降雪があったことも認識していた。被告人Bは、事故当日の朝自宅前で一晩に三〇センチメートル位の積雪があったことを確認し、被告人Aも、当日朝前記大雪・雪崩注意報が発令されていたことや、当日の降雪量が三〇センチメートル位であることを認識していた。

三  右二において認定した事実に照らして以下検討する。

1  本件スノーシューイング・ツアーは被告人両名がガイドとして勤務するA野の営業として企画開催されたものである。雪上散策のため参加料を支払ってツアーに参加した者を積雪期の山中などに引率するという被告人らのガイドとしての職務は、いったん判断を誤れば、その性質上、雪崩に巻き込まれるなどして参加者の生命身体に対する危険が生ずる可能性があることが明らかであるから、前記二1(三)のような形で参加者を募り、二1(四)のとおりこれに応じ参加料を支払って参加した被害者らを引率する被告人両名の右ガイドとしての職務が刑法二一一条前段にいう業務に当たることは明白であり、被告人両名は、ツアー参加者を、ツアーに伴い予想される前記のような危険から保護すべく万全の備えをし、その生命身体に対する侵害を生じさせる事態を招かないよう細心の注意を払わなければならないのは当然である。本件は雪崩による遭難事故であり、かかる事態を避けるため、被告人両名が、具体的状況の下で雪崩発生の危険がある区域への立ち入りを避けることはもちろん、上方で発生した雪崩の通過地域となるような樹木の疎らな沢筋等を避け、遭難事故のおそれのない樹木の密生した小高い林等を行程として選定するなど、判示のとおりの業務上の注意義務を負うことは、前記二の認定事実や前記のとおりのその業務の性格に照らし明らかである。また、本件では、その業務の性格上、参加者の安全の確保のために複数のガイドが付くことになっており、被告人両名は、対等の立場で共同してガイドの業務に従事していたのであるから、参加者の安全確保のため右の注意義務を共同して負っていたということができる。

2  前記認定の各事実に照らすと、当時、本件雪崩の発生地点を含む「春の滝」付近は、地形や積雪状態等からして面発生乾雪表層雪崩の発生のおそれが大きい状況にあったと優に認められる。

また、前記認定のとおり、本件のような面発生雪崩が大規模になりやすく、乾雪表層雪崩が厳寒期に発生しやすく速度が速く到達距離も長くなる傾向があるとされていること、本件休憩地点が正面に岩肌が露出した崖地を含む「春の滝」の急斜面を望む沢筋で、破断面を生じた箇所への仰角が約二八度にもなることなどの事実を合わせ考慮すると、本件休憩地点は、その沢の奥の「春の滝」の急斜面で面発生乾雪表層雪崩が発生した場合、その雪崩の通過地域となり、これが到達するおそれが十分にある場所であったと認められる。

3(一)  そして、前記のようなガイドとしての業務に従事する者としては、前記二に認定のような本件の具体的状況下で、右2のとおりの雪崩発生のおそれ及び雪崩がいったん発生した際には本件休憩地点がその通過地域になることをそれぞれ予見し、万が一にも遭難事故に遭うことがないよう慎重に判断・行動することができなければ、到底その職務を全うできないことが明らかである。

ニセコ町に住み冬山登山の経験の深い証人Fは、本件休憩地点は雪崩の走路である、沢のど真ん中で休憩などしない、三〇度を超えるような開けた斜面を上部に持つ谷の真下は雪崩の危険性がある、本件当時の多量の降雪があった沢の中で自分であれば休憩しない、ある程度山の知識がある者であれば本件雪崩発生の危険性を予測できたと思う旨述べ、同様に冬山登山経験が深く倶知安町に住む証人Gも、地形的に「春の滝」が雪崩発生の危険性の高い場所であり、本件休憩地点が雪崩到達のおそれが高い旨を証言している。また、同様に冬山登山経験が深い証人Hは、「春の滝」が地形的に雪崩発生の危険性の高い場所で、本件休憩地点が発生した雪崩が到達する危険性が高い所であり、このような危険性は予測可能である旨供述している。さらに、A野の代表者であった証人Cも、自分であれば、少しでも危険を避けるため、本件のような場所で休憩しない、その危険とは具体的には一番大きなものは雪崩であり、主に奥の前方からの雪崩である旨述べている。

前記二で認定のとおりの現場の地形、積雪状態等、被告人両名の知識・経験・認識のほか右のとおりの被告人両名の業務の性格、冬山関係者の供述等に照らすと、本件の具体的状況の下で、被告人両名は、本件ツアーのガイドとして、本件雪崩の発生及びその雪崩が本件休憩地点に到達し遭難の事態となることを当然予見すべきであり、かつ、そのように予見することが十分可能であったと認められる。

(二)  この点につき、弁護人は、①被告人両名は、弱層テストを事故当日まで繰り返し実施した結果や、ニセコにおける雪崩に最も精通し、十分信頼できるFの情報などを根拠に事故当日は雪崩が発生しないと判断したのであり、その判断の根拠・過程には客観的に十分な合理性があるから、本件雪崩の発生は予見不可能であった、②本件雪崩は九〇〇メートルもの距離を流下したまれにみる大規模な雪崩で、本件休憩地点にまで到達するような事態は到底予見できなかった旨主張する。

(1) なるほど、被告人らはそれぞれの検察官調書や公判で、被告人Aはその前日に向尾根で、被告人Bは当日の朝尾根裏の上部で、それぞれプレッシャーテストをし、その際に雪崩が発生しなかった旨述べ、公判で、雪崩発生について風成雪を重視していた、当日は一番気にしていた風成雪が吹き溜まる状況ではなかった、Fの雪崩警報も出ていなかった旨述べている。

しかし、関係証拠によれば、被告人両名がプレッシャーテストをしたという場所は本件雪崩の破断面が発生した地点ではなく、そもそも被告人Aの前日のプレッシャーテストはもとより、被告人Bの事故当日のプレッシャーテストも本件ツアーで「春の滝」方面へ向かうことを予定しそのためにしたテストではなかったことが認められる上、雪崩研究者である西村浩一の検察官調書(甲六一)によれば、斜度や積雪量等の条件が違ってくる場合には、ある場所でプレッシャーテストをしたときにたまたま雪崩が発生しなかったとしても、その周辺で雪崩発生の危険性がないとはいえないことが認められるのであって、被告人らの述べるような限られた時点、場所でのテストの結果をもって、本件雪崩の発生を予見し得なかった客観的合理的な理由となし得ないことは明らかである。

また、前記Fの証言及び捜査報告書(甲五三)によれば、ニセコ町でロッジを経営するFは、六年ほど前から、雪崩事故防止のために、天気の流れ、降雪状況、風向き等から雪崩発生の危険を予測し、それを雪崩警報あるいは情報(以下「警報」という。)としてニセコ町役場の担当者を通してニセコ町管内のスキー場に流し、その後、この警報はA野を通じて倶知安町にも流すようになったこと、同人が雪崩発生の危険性を予測する要素として風あるいは風成雪を重視していたことが認められる。

しかし、Fが、前記のとおり、三〇度を超えるような開けた斜面を上部に持つ谷の真下は雪崩の危険性がある、本件当時の多量の降雪があった沢の中で自分であれば休憩しない旨述べていること等に照らしても同人が他の要素の考慮を要しないとするものでないことは明らかである。また、前記証拠によれば、事故当日はFの雪崩警報が出されていなかったことが認められるが、同人の供述によれば、そのシーズンは確実に危ないという日に一五、六回出した、出さない日が安全であるという意味ではないというのであり、現に、前記証拠によれば、本件事故前の一月一九日正午に雪崩警報を出し、これが同月二一日正午に解除された際、「春の滝」などでは引き続き雪崩の恐れがあるので注意するように伝達されていることが明らかである。してみれば、風成雪やFの雪崩警報等を根拠とする被告人両名の前記弁解もまた、前記二3のような具体的状況下にありながらなお被告人両名が雪崩発生を予見しなかったことの客観的合理的な根拠とは到底いえないというべきである。

なお、被告人両名は、気象台が発令する雪崩注意報や前記の連絡協議会配布のチラシを軽視していたことを自認するが、前記認定のとおりの斜面の積雪の安定度に関する弱層上の積雪荷重の重要性、チラシの作成された経緯等に照らすと、雪崩発生のおそれを判断するに当たりこれらの注意報の発令やチラシの記載を踏まえるのは当然のことといわなければならない。

右検討のとおり、被告人両名が本件雪崩の発生が予測できなかったとして弁解するところは、いずれも、前記認定の具体的状況下にありながらなお本件雪崩を予見しなかったことについての客観的合理的な根拠とは到底いえず、既に認定の現場の地形、当日までの降雪、積雪状態、被告人両名の知識・経験・認識、冬山関係者の供述等を併せ考慮すると、本件の具体的状況の下で、ガイドとして被害者らを引率する立場の者としては、本件雪崩の発生を予見すべきであり、かつ予見することが可能であったと認められるのはもちろん、被告人両名においても、そのように予見することが可能であったと優に認められる。

弁護人は、雪崩の発生メカニズム等について未だ学問的解明が尽くされていないとして、これをも雪崩発生の予見可能性がないことの根拠として主張するが、具体的な予見可能性は必ずしも発生メカニズムの学問的解明を前提とするものではないのであって、本件では前記のとおり雪崩発生の予見が十分可能であったと認められる。

(2) また、被告人両名は、本件雪崩が被告人両名の予想できない大規模なものであり、その休憩地点まで届くことにつき予見可能性がなかったかのような弁解をする。しかし、その根拠として述べるところは、いずれも知人や仕事仲間から聞いた過去の例や被告人らの限られた経験に留まる。

関係証拠によると、本件雪崩は相当大規模な雪崩であったと認められるものの、発生地点付近は、幅の広い急斜面が、樹木が疎らな状態で広がっていることが明らかであって、地形上、本件雪崩のような規模の雪崩の発生を困難とするようなところは格別うかがわれない。

そして、前記F証言によると、過去にこれよりも大規模な雪崩が隣りの水野の沢で発生したことがあるというのであり、Cの検察官調書(甲二七)にも、本件休憩地点よりも下まで到達する全層雪崩がある旨述べるところがあり、前記のとおり、本件雪崩のような表層雪崩が一般的に全層雪崩より到達距離が長くなる傾向があるといわれていることにも照らすと、右各供述も、本件雪崩が予想不可能なほどの規模のものでなかったことをうかがわせるものである。

さらに、関係証拠によれば、被告人両名は、「春の滝」上部で破断面が走り本件雪崩が発生したのを目撃すると、直ちに、E子らに逃げるように叫び、自分たちも素早く避難行動を取っていることが認められる。このことは、被告人両名が、発生した雪崩が自分たちの休憩している地点に到達するおそれを瞬時に感じ取り、遭難の結果を認識したことをうかがわせるものであり、被告人両名がもっと慎重であれば、上方で発生する雪崩の規模によってはそれが本件休憩地点に到達するおそれがあるとの正当な判断が事前にも十分可能であったことをうかがわせるものである。

右検討のとおりであって、前記のとおり、本件休憩地点に本件雪崩が到達し遭難の事態となることを被告人両名が予見することは十分可能であったと認められる。雪崩到達が予見できなかったとして被告人両名が弁解するところは、限られた情報・経験のみに頼った甚だ軽率な判断といわざるを得ず、採用することができない。

(3) 以上の次第であるから、弁護人の主張は採用することができない。

4  以上のとおり、被告人両名は、本件の具体的状況下で、本件雪崩の発生およびそれに伴う遭難の結果を予見すべきであり、かつそれが可能であったと認められる。

しかるに、被告人両名は、共同して、前記のとおり「春の滝」の方面を目的地として出発した上、上方で雪崩が発生した場合その通過地域となるおそれのある沢筋の判示の本件休憩地点に被害者らを休憩させ本件雪崩に巻き込ませたのであるから、前記1の業務上の注意義務を共同して怠ったといわざるを得ず、被告人両名に判示のとおり共同して過失責任があることは明らかである。

弁護人は、雪崩本体のコースから外れた林の中にいても必ずしも安全とはいえないから結果回避可能性がなかった旨主張する。しかし、仮に、その林の中で何らかの被害に遭うとしても、本件のような雪崩に巻き込まれ雪中に埋没するような結果が生じないことは明らかであるから、結果回避可能性があったことは疑いの余地がない。

5  また、弁護人は、仮に過失が認められるとしても、本件は雪崩という突発的な自然現象がゆえの事故であり、被告人両名の過失と結果との間には相当因果関係がない旨も主張する。

しかし、雪崩自体は自然現象であるとしても(もとより、その発生の契機が自然発生のものでも外的な刺激などの誘発原因があっても、第三者の意図的な行為が原因である場合は別として、被告人両名に課せられる判示の注意義務に異同はないというべきであるが、本件の場合、それがスノーボーダーが滑走すること等による人為的な誘発原因によるものであると疑わせるに足るものはない。)、前記認定に照らすと、被告人両名が雪崩の発生及びそれによる遭難を予見し、遭難事故発生を避けるため判示のとおり安全な行程を選定するなどしておれば本件遭難事故は発生しなかったのであり、被告人両名が判示の注意義務を怠り「春の滝」方面を目的地として選定した上、雪崩の通過地域となるおそれのあることが明らかな本件休憩地点に被害者らを休憩させたことにより本件遭難事故が発生したことは明らかであるから、被告人両名の過失と結果との間に構成要件上要求される因果関係があることは明白であり、弁護人の右主張も採用することができない。

四  以上の次第で、被告人両名に判示の過失があること及び過失と結果との間に構成要件上要求される因果関係があることは明白であり、これらの点を含め判示の犯罪事実を優に認めることができ、この認定に合理的疑いを差し挟む余地はない。

よって、弁護人の主張はいずれも理由がない。

(法令の適用)

被告人両名に共通

罰条 被害者毎に刑法六〇条、二一一条前段

科刑上一罪の処理 刑法五四条一項前段、一〇条(犯情の重いE子被害にかかる業務上過失致死罪の刑で処断)

刑種の選択 禁錮刑

刑の執行猶予 刑法二五条一項

訴訟費用負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(量刑の理由)

本件は、被告人両名が、その勤務先の企画開催するスノーシューによる雪上散策の有料ツアーのガイドとして、ツアー参加者二名を引率するに当たり、判示のとおりの状況下で、業務上の注意義務を怠り、雪崩危険区域とされている方面を行程に選定した上、雪崩の通過地域となるような沢筋を休憩場所としたために、折から前方の急斜面で発生し流下してきた雪崩にツアー参加者を巻き込ませ、判示のとおり一名に傷害を負わせ、他の一名を死亡するに至らせたという業務上過失致死傷の事案である。

被告人両名は、参加料を支払いツアーに参加した被害者らを、ガイドとして雪山へ引率する立場にあったのであるから、被害者らの生命身体の安全を預かる者として、被害者らを雪崩に巻き込ませるような事態とならないように、雪崩発生の危険性を常に頭に置いて慎重に行動すべきは当然のことであるのに、多量の降雪・積雪があり、大雪・雪崩注意報も出ている中で、地元の自治体やスキー場関係者等が事故防止の目的から組織した連絡協議会が雪崩の危険区域として指定し周知させている「春の滝」の方面を敢えて行程に選んだ上、軽率にも、上部で雪崩が発生した際には、その通過地域となるおそれのあることが地形上も明らかな本件休憩地点に被害者らを休憩させ、雪崩に巻き込ませたのであって、ガイドとして最も基本的な注意義務を怠ったものといわなければならない。被害者らは、料金を支払いガイド二名に引率されて安心して現場に至ったのであり、何の落ち度もないのに、被告人両名の軽率な判断により、突如として雪崩に巻き込まれ、救護されるまで雪中に閉じこめられ多大の苦痛を被った上、E子においてはその命を失ったのであり、二四歳という若さでその人生をこのような形で終えた同人の無念さや遺族の悲しみは察するに余るものがあり、また、D子においても入院治療を余儀なくされ、かつ、精神的にも今なお癒えない大きな衝撃を被ったことが認められる。結果はまことに重大である。これらの事情のほか、被害者や遺族に対する慰謝の措置は十分になされておらず、その処罰感情には厳しいものがあることなどに照らすと、被告人両名の刑事責任は重大である。

しかし、他方において、種々弁解するものの、被告人両名が本件を悔やみ、被害者らに対し謝罪の意を表していること、本件の場合を除けば、これまで雪崩事故防止に心掛けそれなりに努力してきたこともうかがわれること、遺族や被害者との示談は未了であるものの、今後保険等により適正な賠償がなされることが期待できること、被告人両名にはこれまでいずれも前科がないことなどの事情もあるので、被告人両名に対しては、主文の刑を科した上、その刑の執行を猶予するのが相当と判断した。

(求刑 被告人両名につきそれぞれ禁錮八月)

(裁判長裁判官 宮森輝雄 裁判官 内野俊夫 守山修生)

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